今回も思い返すの第二弾。
SLを始めてから今までを振り返ってみたいと思います。
文章だと長くて分かりづらいので表にします。
- 友人に新PCを組む話をしてたところ、セカンドライフの存在を知る。
- 日本ではこの頃にセカンドライフは金儲けができるという位置づけで
- 宣伝されてたようだが、そんなことはまったく知らなかった。
■はじめたきっかけ
- 何も情報を得ないままに始める。
- 適当に名前を決めてインする。
- アバターが悲惨だったがまぁどうでもいいかと次へと進む。
- チュートリアルが何が何だか分からないまま本土へ上陸する。
■2007年秋アカウント登録
- BIG6の存在を知らないままパンツ一丁でそこらへんを散策しまくる。
- 日本人に会えないまま外人にパンツ一丁はダメだよと言われたり笑われる。
- 親切な外人に服とかスキンをもらう。このときスキンの存在を始めて知る。
- シムのあまりの多さに驚愕する。
- どうやってか分からないが京都幕末を見つけ、ある花魁バーに居つく。
- 昔風の日本シムが気に入ったので名前を洋風のものから和風のものへと変える。
- 某キャンプ施設にて初BANを食らう。SLを始めて1ヶ月ちょい後の出来事だった。
- 外国シムで日本語でチャットしただけでBANを食らう。
- 外国シムの結婚式に参列しただけでBANを食らう。
- 幕末の花魁バーにて年越し祭りなどをして年を越した。
■本土上陸
- いろんなシムを散策する。
- 友人がものづくりを始め、おもしろそうだったので自分も始める。
- 韓国シムの英会話学校に通うもすぐに閉校となる。
- 日本シムでも某英語教材会社の英会話学校があったので通い始める。
- ものづくりがおもしろくなってきていろんなものを作り始める。
- リンデンスクリプトも勉強し始める。
- バーの店員になってイベントをしたりする。
- この頃からタイニーアバターでいることが増えてきた。
- 世はプリムだけじゃなくスカルプの時代へと変わっていき自分もブレンダーの操作を勉強し始める。
- お笑いイベントなどに参加するようになる。
- 友人の助けでお店を構えることができた。
- たくさんの人とフレンドになって楽しく過ごす。
- 企業シムが撤退をはじめる。
■2008年幕開け
- 年明け早々、姉さん事件です!
- ZINGO詐欺容疑でアカウントを凍結される。
- まったくの無実の罪だったが1週間ほど凍結された後に開放される。
- 日系の個人シムも撤退合併が相次ぎ始める。企業シムもシムの数が減っていく。
- ボイスチャットができる英会話教室に通い始める。
- 8月には友人のバケモン屋敷にてイベントがあり、初のMCをさせてもらう。
- そして伝説へ
■2009年幕開け
ざっと超おおまかに追ってみるとこんな感じ。
自分の場合、ものづくりしてるのと英会話の勉強が多いSLライフだと思う。
2007年の頃に比べてSLは新しいビューアが出まくったりボイスチャットが当たり前になったりと
かなりの進化を遂げているんじゃなかろうか。
しかしアバタの骨組みなどは変わってないみたい。
相変わらずポーズによって角が目立ったりします。
スカルプが一般的になってもののリアルさは格段に向上しましたね。
しかし日本人が減りましたね。これはとても残念。
アバタがリアル指向なのが原因なのか?
実はわたくしはアバタはあんまりリアル指向じゃなくていいと思っておりまする。
しかしもかかしもリンデン側はリアル指向を目指してるとかなんとか。。。
前回も書いたんだけども、自分の場合はキャラクタものが好きなので
アバタはデフォルメしたものが登場して欲しいと願うばかり。
とはいっても今のところタイニーアバタがあるので助かってます。
動かせる関節に制限がなくなればもっといいなと思います。
とにかくセカンドライフはいろいろ作ったりイベントしたりできる空間なので
とてもおもしろいものだと思います。
これからもいろいろ改良がされていくと思いますがとても楽しみ。
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